哲学・芸術学分野
哲学領域
哲学とは何か――この問い自体が哲学です。古代ギリシアで哲学の営みを打ち立てたソクラテスは、まさに「~とは何か」を問い続けました。私たちがふだん当たり前に思っている人間と世界についての様々な観念を、言葉と論理を駆使して原理的に考え直すのが、哲学なのです。哲学領域では、人間の知そのものに関わる理論哲学と、人間の行為や活動、組織や制度に関わる社会哲学を両軸に、倫理学領域と連携しながら、哲学します。
哲学領域にはどんな授業があるの?
※授業の内容は一例です。今後変更される可能性もあります。
人文学講義(哲学)では、教員が現在取り組んでいる最先端の哲学研究からトピックを選び、わかりやすく講義します。授業の一部を使って国内外から著名な研究者を招き特別講義をしてもらう場合もあります。
実践演習(哲学)では、現代哲学に関する文献と著名な哲学者の古典的なテクストの両方を扱います(写真はフッサール愛用のデスク)。
先輩たちはどんな研究をしているの?
- ハンナ・アーレント『エルサレムのアイヒマン』における「悪」の考察についての研究
- ヘーゲル『精神現象学』における自由概念の展開についての研究
- うつ病経験は内的時間意識の乱れとして特徴づけられるか:フッサール現象学にもとづいてビンスワンガーの分析を評価する
- 自由意志と決定論に関するデネットの両立論において用いられるコントロール概念は、直観に照らして理解可能か
倫理学領域
生老病死、貧困、離別、看取り、哀悼……現代社会がかつてとどれほど異なっているとしても、人間が生きていくうえで直面する困難は、時代を超え、地域を跨いで、相通じるものがあります。倫理学領域では、哲学領域と連携しながら、たとえば人々の死生観、病・貧困・老齢への向き合いを、日本の儒教・仏教・神道思想や西洋のギリシア=ローマ倫理思想・キリスト教思想などから、広く思想史的に考察していきます。
倫理学領域にはどんな授業があるの?
※授業の内容は一例です。今後変更される可能性もあります。
人文学講義(倫理)では、キリスト教(とくに東方キリスト教)の思想世界を、ギリシア哲学やグノーシスあるいはイスラームなどの思想潮流との関係性に留意しながら、重要な思想家や出来事を中心に学んでいます。
人文学講義(日本思想史)では、担当教員が現在手がけている研究をもとに、先行研究の整理をどのように行い、問題点をどのようにして見つけたか、1次資料を考察する過程でいかなる課題にぶつかり、それをどのように克服したかなど、思想史研究の具体的なプロセスを講義しています。
先輩たちはどんな研究をしているの?
- 江戸時代前期の茶人である立花実山(1655年~1708年)の著作における、茶道と仏教思想との関係の研究
- プラトンにおける魂の転生と男女の性別の関係性について
- ギャグマンガ『ボボボーボ・ボーボボ』における新しい笑いの理論の分析
- 『田舎荘子』(享保12年・1727刊行)の「雀蝶変化」における『荘子』受容について
芸術学領域
芸術学領域では、「創造」を考察する(狭義の)芸術学と、「受容」を分析する美学を二本柱にして、「作品」を調査する美術史と連携しながら、芸術を研究します。絵画・音楽・演劇・建築・服飾……芸術と呼びうるものを生み出さなかった文明は、いまだかつてありません。人間が字を書く前に絵を描き、話す前に歌ったとすれば、芸術の謎は人類文明誕生の謎にまで通じているでしょう。装飾・遊戯・旅行・風景なども芸術学の対象です。
芸術学領域にはどんな授業があるの?
※授業の内容は一例です。今後変更される可能性もあります。
人文学概説(美学)では、「芸術」なるものについての理論的な理解を深めるため、とりわけ影響力のあった芸術家や哲学者の言葉を読み、それを具体的な絵画・彫刻・音楽・舞台・映画・写真・文芸等の作品と照らし合わせつつ、講義を進めていきます。
人文学概説(芸術学)では、古今東西の主要な映画作品を取り上げ、撮影・編集・演出の3つの観点から映画作品を読み解く訓練をします。
先輩たちはどんな研究をしているの?
- 作曲家アントン・ヴェーベルンの後期作品における音楽と自然の関係性について
- ゲーテの『ファウスト』と『色彩論』から探る色彩と生命の関係
- ヴィトゲンシュタインの思想における「天才」像
- 野球マンガにおける女性キャラクターの位置づけの変化
- 魔法少女アニメにおける主人公少女の特性や物語構造の変化
- 是枝裕和監督の映画作品における、カメラの主観的な視点がもつ意味の研究
美術史領域
美術史領域では、日本や西洋の芸術作品を、歴史を通して理解していきます。仏像や浮世絵にしても、油彩画や写真にしても、ただ綺麗というだけのものではなく、歴史のなかで人々の信念と欲望を担って存在してきました。社会・経済・政治までも動かすその芸術の仕掛けを、芸術学・美学と連携しながら、丹念な調査と検討によって解明します。美学・美術史・芸術学の総合的な視点から研究できるのは、岡山大学文学部の強みです。
美術史領域にはどんな授業があるの?
※授業の内容は一例です。今後変更される可能性もあります。
人文学概説(日本美術史)では、日本美術の主要な作品を時代順に取り上げ、歴史や社会背景が制作や表現にどのように影響したかについて考察します。
実践演習(西洋美術史)では、ウェブ上のデータベースなどを用いて条件を満たす美術作品を探し、その作品に関する調査内容に基づく口頭報告と質疑応答を行います。
先輩たちはどんな研究をしているの?
- 保月六面石幢(岡山県・高梁市)各面の諸仏の配列からみる中世の十三仏信仰についての研究
- 中国・唐代の工芸に特徴的にあらわれた、花鹿(茸形の一角を持つ鹿)の図様に関する研究
- 江戸時代の閻魔王図に描かれた冠の図様に関する研究
- ゴシック聖堂の入口に設置された「最後の審判」を主題とする浮彫彫刻の比較研究
- フェルメールの絵画の中に描き込まれた絵画(画中画)に関する研究
- モーリス・センダックの絵本『かいじゅうたちのいるところ』の絵画的表現に関する研究
- アール・ヌーヴォの建築家エクトール・ギマールに関するこれまでの評価の見直し
在学生のことば
私は現在、哲学・倫理学分野の倫理学領域に所属しています。倫理学領域のなかで、私は日本の思想史を研究しています。日本の思想と一言で言っても、それは日本という枠の中で完結するものではなく、世界から様々な影響を受けて成り立っています。私はそこに日本思想の奥深さ・魅力を感じました。
思想史研究では、思想そのもののみならず、そのプロセスや時代背景、他の思想からの影響なども考慮する必要があるため、何度も文献を読み返したり、さらに関連する文献を辿ったりする作業が欠かせません。これらは非常に地道で時間がかかりますが、思わぬ発見があったり、点と点がつながる瞬間を味わえたりするので、やりがいを感じられます。
今後の進路として、私は公務員を目指しています。思想史の学びを公務員に活かせるのかと思うかもしれませんが、これまでの学びから得たことは、単なる知識に限りません。私は思想を歴史として捉える中で、自身が今立っている現在の価値観・感覚が当たり前でないのだと気づかされました。自身の立場を相対化し、多様な見方をすることは、これから先の仕事、そして人生に大いに役立つと思います。
何を学び、どう活かすかは自由なので、ぜひ皆さんも自身の可能性を自らの手で高めてみませんか。
芸術学や美学は、高校生の皆さんにとって聞き慣れない学問だと思います。実際私も入学するまで知りませんでした。私は当初、哲学を専攻するつもりでしたが、美術や音楽、建築などの芸術が好きで、それらと哲学とを横断して見つめる学問である美学にも惹かれました。結果として、芸術学専攻へ進んだわけですが、芸術と哲学に関して興味の範囲が広い私にとって、芸術学や美学といった間口の広い学問はぴったりだと感じています。
現在私が特に興味を向けていることは、ガラス建築です。ガラス張りの建物の中にいると、確かにガラスという硬い物質に囲まれているはずなのに、透明であるために外部との境界が薄くなる感覚があります。この感覚に強く惹かれ、研究したいと思いました。
文学部は、大学の中でも特に多種多様な興味を持つ人が集まるところです。今は研究したいことが決まっていなくても、先生や先輩、同期と話していると興味が広がり、また研究したいことへの焦点が定まっていきます。自分の興味をとことん探究する仲間をぜひ見つけてください。
教員のことば
哲学とは何かを手短に説明することは難しいです。しかし大胆にいってしまえば、哲学とは「私たちと私たちを取り巻く世界(さらにはそれを超える何か)はどのようなものであり、どうあるべきか」を捉えようとする試みと、そうした試みの批判の試みだといえるでしょう。この特徴づけからわかるように、哲学はさまざまな学問分野と隣接する一方で、これらの隣接分野と比べて何が独自的なんだろうかという疑問から逃れることができません。逆説的な言い方になりますが、哲学とは何かということさえこうして哲学の問題になりうること、それゆえに過去の哲学の歴史を振り返る必要に迫られることこそが、哲学の独自性だといえるかもしれません。哲学とは何かさえ哲学では論争になりうるという事情は、この学問には答えや進歩といったものがないという印象を引き起こすおそれがあります。しかしこの印象は誤解だといいたいです。哲学はさまざまな問題について揺るぎない唯一の答えを出しているわけではありませんが、答えを絞り込むことにはいくらか成功しており、その分だけ進歩しています。いったいこれがどういうことなのかについては、教室でみなさんとお話ししましょう。
現代社会において、「イメージ」はそれを見る人びとの感情にますますダイレクトに働きかけるようになっています。それらはただの絵空事であっても、時に見る人の価値観を変え、さまざまな行動を引き起こすほど、強力に作用することがあります。そのようなイメージの力に無意識のうちに振り回されるのではなく、逆にイメージとは何か、それらはなぜ・どのように組み立てられているのかを考えるのが、芸術学・美術史領域の学問です。
芸術学領域には、芸術作品の背後にある思想を研究する「美学」と、作品を(美醜や優劣によらず)分析的に読み解く「芸術学」の二つの部門があります。美術史領域には、芸術作品が時代や社会の移り変わりとともにどのように変化していったのかを論じる「西洋美術史」と「日本美術史」の二つの部門があります。これらの領域では、絵画や彫刻、音楽、建築といった古典的な芸術から、映画や写真、マンガ、アニメーションといったサブカルチャーまで、広く学ぶことができます。
このような授業を通して、ある作品を見て単に驚いたり感動したりするだけでなく、イメージがもつ「力」のメカニズムを客観的に読み解くことのできる視座を身につけてもらえればと思います。