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西山 康一(にしやま・こういち)

教育分野(領域)

日本語・日本文学分野(日本文学)

研究・教育のキーワード

大正文学、日本近代文学、日本近代文化史、〈文学〉と〈科学〉の関わり、異文化交流としての〈文学〉、薄田泣菫

研究者としての私

私はこれまで大正期を中心に、日本の近代文学を研究してきました。特にその際、作品自体を読み解くだけでなく、同時代の文化状況全体の中で、個々の文学作品がどのような影響を受けて成立し、またどのような影響を文化全体にもたらしてきたか、という観点から分析することを心掛けてきました。文学作品といえども、同時代の他の文化――政治、宗教、あるいは対極的にすら見える科学とも無縁ではない。そのことを文学作品の分析を通して浮かび上がらせることが、私の研究課題の一つであります。

また、近年では地元の文学者として、倉敷市出身の詩人兼随筆家さらにはジャーナリストでもある、薄田泣菫という人物に注目しています。今ではあまり知られていない人物かもしれませんが、明治期には土井晩翠・島崎藤村が去った後の「詩壇の覇者」とまで言われた人物です。大正期には新聞人として『大阪毎日新聞』の文芸欄を充実させると同時に、自らも『茶話』という名エッセイで人気を博しています。彼の詩やエッセイ、あるいは新聞編集者としての彼の行動が、同時代さらには芥川など次の世代の文学者たちにどのような影響をもたらしたかを検証し、この地元の偉人の実像を明らかにしてゆきたいと考え、現在勉強中であります。

教育者としての私

学生に何を理解してほしいか、自分の授業の特徴は何か、どのような学生に授業を受けてほしいか……といったことを教師自らが語るのは、非常におこがましいことであり、結局は皆さんが授業に出て各自判断してもらうしかないこと。むしろそこにしか答えはなく、それこそが授業のすべてであり、教師は黙ってそれに身をゆだねるべきだと思っている――それが教育者の私であります。

もちろん、このような言い分は、現代の学生に〈やさしい〉社会で通じないことでしょう。しかし反面、小・中・高と12年間授業を受けてきた皆さんなら、授業や教員の特徴、性格、指導上何を重視しているかなどは、こちらがわざわざ言わなくても一回授業を受ければすぐ見抜くはず。その判断に基づいて授業を選び、その中で皆さん自身が自分で興味の対象を見つけ、研究してゆけばよいだけの話……と個人的には考えます。それを、学生の主体的判断力を軽んじて何でも与えようとする現代の教育によって、皆さんが「あれ、なんか面白そう」と自分で興味の対象を見つけたり、あるいは「これについて、とことん極めたい」と自分で学ぼうとしたりする――そうした積極性・自分で発見する力を喪失させ、結果何か与えられるまで自分で動こうとしない人間に学生の皆さんがなってしまう。そうしたことを、私は本気で危惧しています。

「男は(女も?)黙って背中で語る」
――教師という仕事は、この一言に尽きる……私はそう考えています。

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