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本村 昌文(もとむら・まさふみ)

教育分野(領域)

哲学・倫理学分野(倫理学)

研究・教育のキーワード

朱子学、陽明学、死生観、老い、看取り、大学史、日本思想史学、 村岡典嗣

研究者としての私

私の所属していた研究室は、とても自由な雰囲気で、扱う対象や方法に制約はありませんでした。ただし、研究をするにあたり、常に要求されたことは、「何が新しいのか?」ということを、「誰にでもわかるかたちで示す」ことでした。研究をする以上、これは当たり前のことといえますが、年を経るごとに、その重みを感じています。

もうひとつ、常に求められていたことは、「いま置かれている状況のなかで、最大限の努力をする」ことでした。大学院の学生であった当時、私はこの言葉の意味をよくわかっていませんでした。しかし、大学院の助手を任期満了で退職し、その後、専任の研究職に就くまで10年間、当たり前のように研究ができる環境とはほど遠い時間的・経済的・精神的余裕のない生活をおくるなかで、この言葉のもつ意味を肌で感じていくようになりました。四十という年を目の前にして、いまだ専任の職もなく、先の見えないトンネルの中を歩いているような状態のときに、私はふとしたきっかけで自分が死ぬまでにやっておきたいことを考えるようになりました。そうして、私は他の何をあきらめても譲ることのできない、自分の研究の道筋を見定めることができたように感じました。

こんな私が、現在、取り組んでいる研究は、以下の3つです。

  1. 老いと看取りと死の日本思想史研究老いから死に至る過程における意識に焦点をあて、現代日本のケア・看取りの現場に生じている問題と向き合いうる新たな日本思想史研究の構築を目指しています。
  2. 村岡典嗣を中心とした日本思想史学の草創期の研究日本思想史という学問分野とは何か?日本思想史という学問分野の誕生に寄与した村岡典嗣という人物を中心に、日本思想史研究のあり方を再検討しています。
  3. 懐徳堂と瀬戸内地域とのつながりふまえた近世後期の思想史研究私の研究の出発点となる朱子学や陽明学が近世日本においてどのように理解されたのかというテーマをめぐって、近世後期の思想史を捉え直すことを目指しています。

教育者としての私

「日本思想史」という学問分野の名前を聞いたことがある人は、とても少ないと思います。その理由はここでは割愛しますが、「日本思想史」研究は、日本列島における思索や意識を明らかにすることを目的としています。著名な思想家を取り上げて研究することも可能ですし、名もなき人の思索や意識を対象とすることもできます。何を対象とし、どのような方法をとるか、自分で考え、編み出していく必要があります。

日本思想史の専門科目は、①テーマを探すために広く通史を学ぶ(概説)、②現在取り組んでいる研究をリアルタイムで示しつつ、受講生は一緒に学術的な文章を作成する(講義)、史料読解のトレーニング(実践演習)、そして新しい研究成果を見いだし、卒業論文としてまとめていく(課題演習)という形でセットしています。新しい成果を見いだすことは簡単ではありませんが、それを目指し、たゆまぬ努力を通して、大切なものを手に入れることができるはずです。

私が書いたもの

近世日本の思想史関係では、学術論文としては「林羅山の死別体験」(東北大学日本思想史研究室ほか編『カミと人と死者』、岩田書院、2013年)、「江戸前期「陽明学派」の中庸注釈・中庸論」(市來津由彦ほか編『東アジア海域叢書第5巻江戸儒学の中庸注釈』、汲古書院、2012年)、一般向けのものとしては「日本の私塾藤樹書院藤樹書院の中江藤樹が教え説いた今も昔も変わらない若者の悩み」(『人間会議』2008年夏号、2008年)、「昨日、今日とは思はざりしを―死や病気に悩み苦しんだ、近世の人々」(『月刊ケアマネジメント』2010年5月号、2010年)など。

村岡典嗣と日本思想史学関係では、「村岡典嗣『日本思想史研究』」(『岩波講座日本の思想』第1巻、岩波書店、2013年)、「村岡典嗣「日本国民性ノ精神史的研究」執筆の背景」(『東北大学史料館紀要』第7号、2012年)など。活字になっていない史料の翻刻や訳注も手がけています。たとえば、「山崎闇斎『文会筆録』巻三「四書」大学訳注稿(一)~(三)(『季刊日本思想史』第71号・2007年、『季刊日本思想史』第73号・2008年、『季刊日本思想史』第74号・2009年)、「〔資料紹介〕村岡典嗣「仙台の吉利支丹について」(中嶋英介氏との共著、『東北大学史料館紀要』第5号、2010年)、「〔資料紹介〕無窮会専門図書館天淵文庫蔵『孝経刊誤考例』(『日本思想史研究』第44号、2012年)などがあります。

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