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金関 猛(かなせき・たけし)

教育分野(領域)

外国語・外国文学分野(ドイツ言語文化学)

研究・教育のキーワード

ジークムント・フロイト、精神分析、
ダーニエール・パウル・シュレーバー、演劇論、能・狂言、テキスト分析、フリードリヒ・ニーチェ

研究者としての私

現在のところ、もっぱら精神分析の創始者ジークムント・フロイト(1856~1939)について研究しています。ただし、心の病気の治療法としての精神分析を実践しているのではありません。あくまで、思想としての精神分析、また精神分析成立の思想的背景を研究しています。

ドイツ文学研究という範疇でフロイトを研究することは一般的とは言えません。私自身、大学でドイツ文学について学び、卒業論文のテーマとしたのはニーチェ、修士論文のテーマはトーマス・マンの小説でした。しかし、ニーチェもマンも、そしてフロイトも19世紀末から20世紀前半のヨーロッパの大きな思想的潮流の中にいることには、その頃から気づいていましたし、岡山大学にドイツ語担当の教員として赴任してから本格的にフロイト研究を始めました。同僚の先生とともにフロイト研究には欠かせない文献(『シュレーバー回想録』)の翻訳をしたり、他大学の研究者と研究会を作って、フロイトについての議論を深めてきました。

フロイト研究のほかにも、フロイトの分析の方法を応用しながら、能や狂言、小津安二郎の映画、さまざまな文学作品についても論文を書いています。日本ではフロイトの名前は広く知られていますが、じつはフロイトが何を考え、どのようにその考えを作り出してきたのか、という研究はあまり深められていません。今後、その研究を進めるとともに、フロイトの方法を応用すると、ある作品について、今までとは違うこんな見方もできる、こんな面白さを引き出すこともできる、といったことを提示する論文を書いていきたいと考えています。

教育者としての私

何はともあれ、「学ぶことは楽しい」ということを実感してもらいたいとつねづね思っています。学びの楽しさにはつねにコミュニケーションがかかわっています。それは、授業で教員や受講生と質疑応答をしたり、ディスカッションをするというということにはとどまりません。授業でのコミュニケーションのためには、自分で本を読み、ノートを作るという作業が必要です。それは孤独な作業であると思えるかもしれません。しかし、本を読むということは、その本とのコミュニケーションです。何十年も、何百年も前に書かれた言葉を受けとめ、あるいは反発し、また疑問を感じてその答えをその本の中に求めるということそのものがコミュニケーションでありえます。学ぶことは一人きりではできません。何らかの形で人とかかわることが学びの基盤です。そして、その手段はやはり人文学の領域では言葉です。言葉の力を身につけること、その力に磨きをかけることが文学部の学生にとっての基本だと思います。日本語のみならず、英語はもちろん、それ以外の外国語の能力を駆使することで自分の世界が大きくひろがります。教育においてはそのことをつねに念頭に置いています。

私が書いたもの

『能と精神分析』(平凡社、1999年)
いくつかの能の作品を取り上げ、精神分析の方法を用いて考察するとともに、演劇と精神分析の関連について論じました。

『岡山の能・狂言』(日本文教出版、2001年)
能のことを調べているうちに、岡山には能・狂言の文化が根づいていることに気づきました。とりわけ大正、昭和初期に岡山の人々がどんなふうに能・狂言を楽しんでいたのかをインタヴューの結果も交えて書き記しました。山陽新聞で書評が掲載されました。

『ウィーン大学生フロイト―精神分析の始点―』(中央公論新社、2015年)
これまでほとんど取り上げられることのなかった大学生時代のフロイトについて書きました。大学生のときのさまざまな体験に精神分析の始点が見いだされることを論証するものです。読売新聞、朝日新聞の書評欄で取り上げられました。

以下は翻訳です。

D・P・シュレーバー『シュレーバー回想録』(尾川浩と共訳。中央公論新社、2015年。1991年刊行の平凡社版の改訳)
ブロイアー/フロイト『ヒステリー研究<初版>』(中央公論新社、2013年)
フロイト『夢解釈<初版>』(中央公論新社、2012年)
フロイト『シュレーバー症例論』(中央公論新社、2010年)
フロイト『あるヒステリー分析の断片』(筑摩書房、2006年)など

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